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差違

sai

ガラス一枚でも表れる温度差
表は暑くても部屋は涼しく あるいは表は寒くても部屋は暖かく
ということではなく、自分や身内のことに降りかかったことと他人に降りかかったことが、
例えば同じことであっても、その感情の起伏や軽重は違うとことがあるなということを言
いたいのであります。

僕らは毎日、世の中で起きた悲惨、不条理な事件や出来事にメディアを通じて接します。
そこに悪い奴だ、可哀想にといった感情を覚えるのですが、こうも頻繁に見せられると、
いつの間にか、徐々にマヒしていっているのではないかと危惧するわけです。

日本では戦争は今起きていないのですが、毎日毎日、交通事故で死者が出ています。
車社会になってどこか起きるのが当たり前と思って、事故のニュースをただ新聞で読ん
だり、テレビで見たりして、右から左へ流していないだろうか。僕を含めて身に覚えのあ
る人は決して少なくないと思われます。
でも家族を失ったり、家族が加害者となったときを想像してみてください。
それは100件のうちに1件ではなく、家族にとって1件がすべてはないでしょうか。

マヒした感覚を責めようなんて気はまったくありません。ただ、毎日、交通事故で死者が
出る世の中が当たり前あることを問題だと思いたいのであります。

テーマ : 街の風景
ジャンル : 写真

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Re: 差違

窓やガラス越しの風景ってどこか物憂げ
だったり、落ち着いた感じがするのは
快適な室温から望む風景だからなのかな?
風がないっていうのもあるのかもしれない~。

Re: 差違

いつ自分が加害者になるか、被害者になるか、考えてみれば怖いです。そんなはっとする瞬間がいままでも何回かありました。自分だけは・・・という甘い考えを持たないようにしないといけませんね。

Re: 差違

慣れほど怖いものはありませんね。毎日のように、当然の様に、必ずといっていいほど何か事件が起こり、誰かが死んでいます。無意識のうちにいつの間にか、朝新聞を見る時、今日は何か死亡事故あるかなと探してしまっています。こういう僅かな感覚のズレが大きくなっていって、取り返しの付かない事に繋がるのかもしれませんね。

Re: 差違

かつて信号無視の車に衝突され、
飲酒運転の車にひかれた経験のある私は、車の運転には慎重になります。
あの経験がなければこんなに慎重ではなかったかもしれませんね~^^;
加害者になる人も千差万別。
被害者という言葉に守られた加害者もいますね。。。
交通事故に限らず、「映画のような」「ドラマのような」という信じられない事実は世界のあちこちで起きています。
もっと身近に感じていかないといけないと思いつつ、
それがわかっているからこそ、今の幸せに気づける気もします。

Re: 差違

長男は小1の時に信号無視の車に跳ねられました。
跳ねられた角度が良かったのと、ランドセルがクッションになった事で、命に関わるような大事には至らなかったのですが、眼底骨折、手足や顔も傷だらけで、病院に駆け付けるまでの気持ちは言葉には出来ないほどでした。
しかしいつ自分が加害者になるやも知れませんよね、
自分は大丈夫だと言う変な安心感は持たずに
行動しなければいけないなと思いますね。

Re: 差違

ホセさん、無意識のうちにこちらとあちらに分けて診ているところもあるのではないでしょうか。
自分が見ている風景と一体感を持つかどうかの違いもあるかもしれません。

Re: 差違

森の生活さん、自分もそんな思いを何度もしています。
そのときからしばらくは注意力も高まりますが、慣れが徐々に危うい気持ちにさせていきます。

Re: 差違

farfarsidekさん、熱しやすくて冷めやすいところも、本来は改めなければならないでしょうね。
騒ぐだけ騒いで、あとは何事もなかったようにゼロに戻ってしまう。
傍観者は傍観者なりの学ぶべきところがあるはずなのに。

Re: 差違

青さん、大変な経験を1度ならずならず2度も経験されていたんですね。
事故の後遺症はありませんか?
車は便利なことは否定しようがありませんが、謙虚さを欠き自分中心の気持ちになってしまうと、恐ろしい凶器になります。
悲劇を生まないためにも慎重を心がけて、だれもが便利さを享受できるといいですね。

Re: 差違

こーちゃん、ぼくもランドセルに救われて、車にはねられても無傷ですんだ経験があります。
事故は被害者も加害者も生きた心地がしないですよね。
お子さんが事故に遭ったときは心配な思いがいかばかりだったかと。
自分も相手もそれぞれの家族も、心が痛めつけられる。そんな事故をなくすよう、本気の取り組みが必要です。

Re: 差違

こんにちは。

交通事故、私はかなりの経験があるほうだと思います(>_<)
被害者も加害者も。
免許を取って約10年ちょい(?)、事故経験はさっと数えて6回ほど。
加害者側といっても、ニュートラルで下がってしまって後ろの車にこつんという程度ですが、被害者なのに相手が重症ということもありました。
被害者側では、追突もされたし、信号無視の車に突っ込まれたこともあるし、夜間に無灯火で反対車線走ってきた飲酒運転の人に正面衝突されたこともあるし(これが相手の方が重症で私は軽症でした)。
逆に、そういったことで慣れちゃったとこもあったりして・・・。

でも、親とか家族にはめちゃめちゃ心配させちゃってました。

いつ巻き込まれるか、ほんとわかりませんね。

Re: 差違

確かにニュースを見てると驚きではなく「またか」というような感覚になりつつあります。
取締りが甘いのか本人の意識の低さか、飲酒運転も減りませんしね。
凶悪な事件だってもうずっと前から身近な人へターゲットが絞られつつあるように思いますし、不審者も減りません。

でも私は・・・特に子供の痛ましいニュースだけは数年前から見聞きすることができなくなりました。
自分とどうしても重ねてしまって悲しくて辛くて想像が頭から離れなくなるから。。。
毎日まともに聞いていたら病気になりそうです。

Re: 差違

tsukasaさん、意外や意外、皆さん、身近に経験されているとのレスポンスに驚いています。
命あることが奇跡と思えるような状況にならない社会をと思います。
これから日没がどんどん早くなり、車も自転車も早めの点灯で注意しなくてはなりませんね。

Re: 差違

biancaさん、少し前までなら異常だと思う事件が、異常じゃなく思えたり、当たり前の事件に思えたりするところがあります。
その感覚こそが異常なんじゃないかと思ってしまいます。
子供みたいに非力な立場の人間が被害者になるのは居たたまれませんね。

Re: 差違

こもれびさん、こんにちは!

ほんとうですね・・・

少し前に自分でもこのように感じたことがありました。
「死」は職場で身近なものでした。
昼ごはんを食べ寝ることもできました。
身近な人間の死を思い、何も手につかなくなり寝ることもできなくなりました。
慰めの言葉は他人事のように聞こえ、同時に自分のしてきた仕事も、所詮他人事だったんじゃないか・・・
そう思えたのです。

Re: 差違

Myyさん、もしかして前職はあの仕事かな(ってどの仕事かこれじゃ分からん)
ミャンマーで法人ジャーナリストが犠牲になってしまったので、日本人も悲しんだり心を痛めることになったのですが、もし犠牲者がミャンマー人だけだったら、ニュースも涼が少ないでしょうし、日本人の心の痛みも今よりも深くないかもしれません。
日本がミャンマーに抗議したのも日本人が亡くなったからであって、多くのミャンマー人が抑圧されても、日本が制止を働きかけたかどうか怪しいものです。

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