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「永遠平和のために」を読む6

kanto7


永遠平和のために」を読む6

第1章
その6 「いかなる国も他の国との戦争中に将来の和平にあたって相互の信頼を不可能にするようなことをしてはならない。殺し屋を雇ったり、毒薬を用いたり、降伏条件を無視したり、背信をそそのかしたり、等々」

 現代において、殺し屋を雇ったりというのはなかなか理解しがたいが、毒薬を用いたり以下は置き換えて考えることができそうだ。

 毒薬は例えば、飲み水の源泉に殺害や無力化を目的とした薬品を混入させれば、無差別殺人に結びつく。それよりも原爆、水爆はこのたぐいの最たるものではないかと考える。ベトナム戦争における枯れ葉剤の散布もしかり。

 降伏条件を無視するのは武士の情けのない、人間としての不義であり、背信をそそのかしたりは敵の体制にしのばせ後ろから斬りつけるようなこと、具体的な例をいえば、敵の国家元首の側近を味方に付け転覆を謀るようなことといえばいいだろうか。

 この項は表題よりも本文を読んだ方が、より頭に入るように思う。「戦争状態とは、武力によって成否を主張するという悲しむべき非常手段にすぎない。(中略)どちらに正義があるか決定するのは、戦争の結果でしかない」。勝てば官軍のたとえはカントのこの小冊子から出たとは思えないが、何と符合することか。人道的正義とは異なる正義が戦争では生まれることがあるということだ。

 さらに「殲滅戦にあっては、交戦国がともに殲滅され、それとともにすべての(勝って得られる・管理者付記)正義も消滅するから、永遠平和はようやく巨大な墓地の上に実現する」とカントはいう。平和というのは、すべての敵意が終わった状態をさしているというカントの哲学に従えば、たしかに敵対する、あるいは敵対する可能性のある当事者そのものがいなくなった状態は、永遠平和ではある。

 しかし、カントがそういう過程でもたらされる永遠平和を望んだわけではない。他者が存在する中、敵対の可能性を除外したような永遠平和が、おそらくカントの描いたものではなかろうか。永遠平和の実現は、ことほど左様に難しい。しかし、目指さなければならない。そのためには並々ならぬ人々の平和を希求する意志と行動が必要になる。

テーマ : 紹介したい本
ジャンル : 本・雑誌

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Re: 「永遠平和のために」を読む6

正義は結果から決まってしまうっていう所は納得させられてしまいました。
絶対正義なる物があるかどうか判らないけど、大多数がいつでも同じように感じれる正義があり、それが実践されれば永遠平和に近づくんじゃないかなぁ。

Re: 「永遠平和のために」を読む6

>原爆、水爆はこのたぐいの最たるものではないかと考える。ベトナム戦争における枯れ葉剤の散布もしかり。
私も、同じ物を思い浮かべて読みました。こういう文章は、具体的な物に置き換えて初めて納得できる感じですね。

>永遠平和はようやく巨大な墓地の上に実現する
ここを読んだとき、恐ろしい光景が頭に浮かびました。カントの表現に、強い怒りが込められている気がします。

一緒に読み直しができて、ありがたいです。

Re: 「永遠平和のために」を読む6

yoshiさん、正義って何だと考えてしまいますね。
正義は信じていいものなのかどうか危うくなっています。
結果にしばられない正義を希求していければと思います。

Re: 「永遠平和のために」を読む6

大空の亀さん、被爆したりした当事者だけでなく、子孫にまで影響を及ぼす行為は、殺戮の中でもさらに残虐なように思います。
エスカレートすればある意味、民族を根こそぎ滅ぼすような行為であり、ナチスのジェノサイドと何が違うか、同じではないかと思えてきます。

以後にも出てきますが、永遠平和が墓地の上に実現することをカントが望んでいないことは明白です。

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