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時間~エンデの島2

time
ぼくの時間
あなたの時間
金で買えない時間
金で浪費される時間
ぼくの時間はない
あなたの時間はあるの?
 〈2〉
 前回紹介した内藤さんの著書から「エンデの島」に直接進んだわけではない。ステップとしたのはエンデの「モモ」(岩波少年文庫)。児童文学や童話はさまざまな経験を持って常識を作り上げたはずの大人に目から鱗をもたらす。大人に大人なりの児童文学の読み方があるのかもしれないし、大人に対して込められたメッセージを見つけるまで読み返すべきというべきかもしれない。

 ここにはチャップリンが映画「モダン・タイムス」で警鐘を鳴らした資本主義における人間疎外と共通するテーマが横たわる。
 少女モモが対峙する時間どろぼう。人間の時間を奪って生きながらえている本来の人間の敵として描かれているが、この灰色の男たち=時間どろぼうの正体は実のところ次のようなものだ。
 「ほんとうはいないはずのものだ」ったが「人間がそういうものの発生をゆるす条件をつくりだしているからだよ。こんどは、人間は彼らに支配させるすきを与えている」

 では時間とは?「時間とは、生きるということ、そのものだからです」

 2つをあわせると、生きることを奪う時間どろぼうを生み出しているのは人間自身だということになる。

 文明の利器、道具、便利は人間が作り出してきた。人間の代わりになって人間の労力を軽減する、そして別なこと(人間を豊かにするため)に使える時間を生み出してくれる……はずだった。
 しかし、現実はどうだろう?次から次とますます忙しくなってはいないか。忙しくしているのは人間。ゆとりも余裕もなくしている、いや捨てているというべきだろう。

 先走ってしまうが、「エンデの島」には「資本主義は利息と貪欲とを解放した。それで人間は不幸になった。外部的には利息の奴隷、内部的には欲望の奴隷になった。金が神になり、民人はその奴隷になった」とある。
 わき出てやまない欲望を満たそうと、せっかくできた時間をそのために充てる、終わりのないまさしく堂々巡りに陥っている。

 モモはたった一人(彼女には同志がいるのだが、はたして実在したかどうかわからない、むしろ心の中にいたととらえた方が良さそうだ)で時間どろぼうと戦う。そして時間を奪われた人の元に時間を取り戻す。

 そこで今回の最後に別な児童文学の中から引用してみたい。
 「愚か者の勇気は野蛮なだけであり、勇気のない賢さは屁にもならない」エリッヒ・ケストナー『飛ぶ教室』(岩波少年文庫、講談社文庫、光村図書)
 言うことはわかるけど、今の生活、社会を全く変えるのはどだい無理と思っている人が多いことは承知している。僕も変化できるかどうか自信はほとんどない。でも、賢い者が勇気を持って発言していく、そういう人々のいる社会が人類を本当にいい方向に導くのではないだろうか。

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テーマ : 光と影
ジャンル : 写真

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Re: 時間~エンデの島2

時間泥棒の正体は自分自身だった!?って
気づくと何だか怖いですね。
人生の貴重な時間ですから、有意義に使えるよう
今一度考えなければ・・・。

Re: 時間~エンデの島2

ホセさん、自分次第で時間は有意義に使えるとプラスのことを考えれば、それはそれで幸せな気分になります。
是非ともそういう方向でありたいものです。

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